裁判員と裁判官を表現した画像

裁判員は、裁判官とともに「事実の認定」「法令の適用」「刑の量定」を行います。
しかし、実際には裁判員と裁判官にはかなり力の差があるといえます。

なぜなら、裁判官は、裁判員にはない裁判手続き上極めて重要な権限を有し、判決言渡しまで主導的に手続きを進め、裁判員はそれに従うほかない仕組みになっているからです。

評議は、公判の休憩時や、1日目・2日目の公判廷が終わった後などにも行われることがありますが、重要な評議は、検察官の論告や弁護人の弁論が終わった後に行われます。
ここで、有罪か無罪か、死刑か懲役かの評決まで行われます。
裁判員は評議に出席し、意見を述べなければならない義務があります。

評議では、裁判長は、法令に関する説明を行い、評議を整理し、裁判員の発言を促すような役割を果たすことになっています。
また裁判長は、法令の解釈にかかる判断および訴訟手続きに関する判断を示すことになりますが、裁判員はこれに従う義務があります。
評議をどのように進めるかは規定されていないので、その場その場、裁判官の方針によって決まることになるでしょう。
ただ、大筋は、検察官の有罪・重罪の諭告・立証が弁護人の弁論・反証によって崩れていないかどうか、包括的に評価することを基本理念とする評議が行われるといわれています。

具体的には、まず冒頭に、裁判官から、「当事者間に争いのない事実」「証拠上明白な事実」「争点」「対立する証拠の内容と問題点」などが報告されます。
その上で、裁判官と裁判員の意見が交わされます。
意見が一致すれば次の争点に進みますが、一致しない場合でも意見の対立点が明確になる程度に議論が煮詰まれば、次に進むことになるでしょう。
この中で、法律の解釈の必要があったりすれば、裁判官は裁判員に判断を示し、また説明することになるでしょう。

このように、評議ではまず最初に「争点」を整理するのです。
ただし、当事者の主張・立証にとらわれすぎて評議が行われると、優秀な検察官に引きずられて誤って有罪、過重刑の評決に傾く危険は警戒しなければなりません。

問題はここからで、裁判員は、評議において、裁判官と基本的に対等の権限を有するとされています。
しかし、裁判官は、知識・経験、評議対象事件に関する情報量において裁判員に優越しているうえ、権限において下記のとおり、権限において裁判員をはるかに凌駕しています。


・証人・被告人への質問:裁判官と裁判員の両方が可能

・被害者・遺族への質問:裁判官と裁判員の両方が可能

・裁判所外での証人尋問:裁判官と裁判員の両方が可能

・公判廷外での検証立会い:裁判官と裁判員の両方が可能

・裁判官のみの審理に立会い:裁判員は裁判官の許可が必要

・法令解釈:裁判官のみ

・訴訟手続きに関する判断:裁判官のみ

・裁判員の関与する判断以外の判断:裁判官のみ

・公判前整理手続出席:裁判官のみ

これでは、実質的には、評議において裁判員が裁判官と対等であるとはいえません。
たとえば、法令解釈の権限。
これは裁判官の専権事項であって、裁判員はその判断に従わなければなりません。
つまり、裁判員が、「憲法・法律はこうなっていて裁判官の意見は憲法・法律に反している」と反論しても、そもそも反論にはならないのです。

裁判員法では、「裁判員は、独立してその職権を行う」と規定されていますが、裁判官の独立規定のように、「良心に従う」とか「憲法および法律にのみ拘束される」とはされていないのです。
このように規定すると、裁判員に憲法及び法律の解釈権を認めるニュアンスになり、法令の解釈を裁判官の専権とする裁判員法の規定に反することになるからでしょう。

法律解釈については、裁判員は手も足も出せないということです。